* ショートストーリー-悲しき日- *
その日、私とお母さんは少し遠出をしていた。
帰り道、最初は街の明かりで明るかったけれど、徐々にうす暗くなっていき、月明かりだけが道を照らしていた。
夜道のためかあまり人は通らず、私は少し怖かった。
お母さんも夜道は危ないと思ったらしく、警戒しながら少し足取りが速くなった。
少し進んだところで、月明かりの中こちらに誰かが歩いてくるのが少しだけ見えた。
お母さんも気がついたらしく、足が止まった。
その人は通りすがるようには見えず、むしろこちらに近づいてきているように私は感じた。
私はさっきよりももっと怖くなった。
私が怖がっているのに気づいたお母さんは、”大丈夫よ”と言ってくれた。
それと、お母さんは”絶対にお母さんから離れないでね”と言い、手をぎゅっと力強く握った。
お母さんの声は少し震えていたし、手も少し震えていた。
きっと、お母さんも怖いんだと私は思った。
その人との距離はいつの間にかその人がはっきり見えるくらいまで縮まっていた。
私はお母さんの影に隠れていたからよくは見えなかったけれど、その人がこの嫌な雰囲気の中で笑ったように見え、何かが光った気がした。
その時、その人がいきなりこちらに走り出してきた。
お母さんが焦り出し、私に”逃げなさい!紗織!!”と大声で叫んだ。
私は何が何だか分からなかった。
もう一度お母さんが”逃げて!!”と必死な声で叫んだ。
走り来るその人の手には剣が見え、その剣は私とお母さんの上に振りかざされていた。
お母さんは私を庇うように私を強く押した。
私は押された衝撃で転んだけれど、すぐに振り返った。
振り返った私の目に映ったのは、花びらのように舞い散っている血と斬られ、倒れかけているお母さんだった。
その人は私に気がつき、こちらを刺すように睨んだ。
私はとてつもない恐怖に襲われ、涙が溢れ出した。
その人がこちらに近づいてくる。
お母さんが地を這うようにその人の足を掴み、”紗織…逃げて……”と血を吐きながら私に言った。
私はその言葉を聞き、無我夢中で来た街の方へ泣きながら走った。
街につくと巡回中の騎士団に偶然出会った。
騎士団は私の話を聞き、私と共にお母さんのもとへと急ぎ来てくれた。
でも、あの時の人はもういなくなっていて、お母さんだけが横たわっていた。
私はお母さんのもとへ駆け寄った。
騎士団もお母さんのもとへ駆け寄ったが、悲しいまなざしで首を横に振り”もう手遅れだ”と言った。
お母さんはまだ少しだけ息をしていて、私に”大丈夫、大丈夫よ…。紗織が…無事でいてくれて、良かっ…た―…”と口から血を流し言った。
私の頬にお母さんが手で優しく触れたから、私もお母さんの手を掴もうとした。
だけど、お母さんの手はするりと私の手からすり抜け、地面へと落ちた。
私は今までにないほどの涙がこみ上げてきて、声が嗄れるくらい大きな声で泣き叫んだ。
騎士団も泣く私の傍にいてくれていた。
そして、私はこの日、大切な人を失った。
私は今でもこの日のことを覚えている。私はけして忘れない、母を殺したあの人を――……
END