「珉君様、足はこれを貼って乾いたら交換していれば、すぐによくなるでしょう。

しかし、顔色が酷く悪い…　　胸の音もよくありませんね…

安静になさっていただかなければ…」

「妻夫木先生、申し訳ございません。喜優がお誘いしたばっかりに」喜優が心配気に

珉を見ながら医師の妻夫木に頭を下げた。

「喜優様のせいではありませぬ…

珉は…とても気分が良かったのですが…」珉はしゅんとして、小さなため息をついた。

小さい時から体が弱く、起きている日の方が少ない日々を過ごしてきた珉にとって

仲の良い喜優と出かけられた事はとても幸せな事だった。

しかも久しぶりに優之助とも会う事が出来たのだからなおさらである。

「それに…珉君様、今どこに行っても西田殿がここへ攻め入ってくるとの

噂で持ちきりでございます。差し出がましい様ではございますが、一度

慈音守様にお戻り頂いた方がよろしいかと存じます」心配気にそう言い

妻夫木は帰って行った。

「喜優君様…珉はどうすればよろしいのでありましょうか？」

「そうでございますわねー。喜優もそろそろ我が城へ戻らねばなりませぬゆえ、

兄上様に伝令を出しましょう」

「え？喜優君様…　お帰りになられるのでございますか？」珉は起き上がって

喜優の手を握りしめ、悲しそうに見つめた。

「珉君様…その様に綺麗なお顔で悲しそうに見つめられましても…

こんな時に限ってうつけものの秘知夜様が帰ってこられると使いの者から文が来ました。

自分はいつも勝手気ままに遊び呆けていらっしゃるのに、喜優がいないと

ひどく怒られるのでございます。

誠に腹立たしい事でございます」

「秘知夜様がお帰りになられるのであらば、仕方ございません…」と珉は下を向いて

しまった。

「珉君様…またすぐに参りますゆえ、そのように悲しそうなお顔をなさらないでください

ませ。…兄上様も珉君様に戦に行くたび、このように悲しげにされては、誠に

お辛い事でありましょうねー」

「申し訳ございませぬ…もっと慈音守様の為にしっかりせねばと思っておりますのに」

とまたうつむく珉に

「珉君様はそのままでよろしいのでございます。

兄上様は夫婦になられる前からずっと、珉君様のその儚げな所がとても

好きでいらしたのですから…

ずっとずっと、好きだ好きだと、妹のわたくしにもうるさいくらいにおっしゃって

おられましたのよ。

ようやく珉君様のお父様からお許しいただいた時は、どれほど喜んで

おられたか」珉の顔を覗き込んで微笑む喜優に

少しばかりの心苦しさを覚えながら、珉も微笑み返した。

「では、珉君様、喜優が兄上様に文を書いてすぐに使いを出させますゆえ

珉君様は何も心配なさらず、ゆっくりお休みくださいませ」

喜優はそう言うと珉の部屋を後にした。



それから何日かして、喜優は自分の城へ帰って行き

珉の容態はますます悪くなるばかりだった。



「はぁー」熱っぽい体を持て余しぎみに何度も寝返りをうち

「たけ…たけはおらぬか…？」小さな声で囁くと

「珉君様…竹様はもうお休みになられました。

奥に女中様方がおられますが呼んでまいりましょうか？」

姿は見えないがどこからかてみの声が聞こえた。

「おてみ！帰って来ておったのか？しばらく姿が見えなかったゆえ

案じておったのじゃ。

おてみ…

珉のそばに来てはくれぬか？

今日はとても具合が悪く…一人では辛いのじゃ…」

しばらく間をおいて、どこからかてみがやってきた。

「珉君様…お付きの者を寄こしましょう…」真っ青な顔をした珉の様子を見て

てみは動こうとしたが、珉が即座にてみの手を掴み、

「おてみ…　　そばに…　　おてみがそばにいてくれればよい」

心配そうにてみは珉の顔を見ながらそばに近づいた。

「お辛そうでございます…」

「珉もおてみのように色々な所へ行って、いろんな物を見たり、触れたり

してみたい…」

「色々な所へ行くのは無理かも知れませんが、色々な物に触れる事は出来ますゆえ、

どうか早くお元気になられますように…　　珉君様…　これを」そう言うと

てみは懐から1枚の葉を出し、珉の掌にのせた。

「これは？？」

「茶々の木の葉でございます」

「浅野の城へ行っておったのか？父上様はお元気であられましたか？

茶々の木は大きくなっておったか？」珉は興奮して起き上がろうとしたので

「珉君様！どうか安静になさってくださいませ」とてみは珉を押さえた。

「浅野のお殿様も茶々の木もそれはそれは元気そうでございました。

お殿様は相変わらず、姫君の事をたいそう心配しておられました。

「珉はみなに心配ばかりかけておるのじゃな…」と掌の上の茶々の木の葉を見た。




「おてみ…おてみは茶々の木の下に珉を連れて行ってくれると言ってくれたのに、

優之助は慈音守様とおいでになられればよろしいと言ったのじゃ…」

「珉君様…優之助とお会いになられたのでございますか？」

喜優君様と久方ぶりにお外へ出た時に優之助が珉のそばを守ってくれたのじゃ…

すっかり立派になって…」

「はい…珉君様…おてみのいいなずけでございます」





「え？…　　　　おてみ…　　　今なんと？？



今なんと申した？？」


「姫様、申し訳ございませぬ。我が事など申してしまい」

「良いから！なんと？」


「優之助はおてみのいいなずけでございます」少し顔を赤らめ、嬉しそうな顔で珉を見た






「…　　いいなずけ…　　　おてみと　　　ゆうが　　…」

掌の葉がヒラヒラと舞い、下に落ちた。

「珉君様、どうなさいましたか？苦しゅうございますか？」

「…大丈夫…　　　大丈夫じゃ…　　おてみ…

そうか…　　おてみは優之助と夫婦になるのじゃな？」

小さな声で絞り出すように言う珉の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだった。




「…　　おてみは優之助が好きか？」

「親どうしが決めた事ではありますが…

てみはずっと優之助が好きでございました」



「……　　そうか…　　　そ…　　それなら良かった…

おてみ…　　　それなら良かった…

おなごは好きな殿方と夫婦になるのが一番幸せじゃな…　　　おてみ…

良かったのー…」珉の頬に堪え切れずにポロリと一粒の涙が零れた。

「珉君様！！どうなさったのでございますか！？

お体がつろーございますか？」

「…　　　おてみ　　…　　胸がいたい…


おてみ…　　ここが苦しくてたまらぬ…　　」


珉は顔を両手で覆い

「おてみ…　すまない…　　つきの者を呼んでおくれ」

「かしこまりました！」ビュン！とおてみはどこかに消え

すぐに奥から女中が

「珉君様！いかがなされました！？」と大慌てでやってきた。

「苦しゅうて息が出来ぬ！」ヒューヒューと音のなる息使いで苦しみながら

珉は口には出せない名を、心の中で何度も叫んだ。




”　ゆう！　”