「珉君様、今日は暖かな良いお天気ございますゆえ、少し外に出て

歩いてみませぬか？綺麗な花々も沢山咲いておりますし。


良いであろう？異島駆？」

「はい、喜遊君様近くであれば」

共に来た家来の異島駆に声をかけた。

珉も「はい、喜遊君様、とても気持ちの良い日でございますね。

家尊、お竹…　珉も外に出てみたいが良いであろうか？」

そばにいたお竹は

「竹も共に参ります。家尊、良いか？」

「はい、珉君様…ではしばらくお待ちくださいませ。

外の様子を調べさせてまいります」

家尊、異島駆はお互いのチームの仲間をピュっと口笛を鳴らして集めた。

皆が色々な場所から音もなく集まった。

「お方様方が外へ出たいとおっしゃっておる。辺りを見回り、

どちらの方向が良いか調べて来い。憂如句、織音、二人で行ってまいれ」


「他の者はここへ…」と言い、地図を広げ、各自の持ち場を決められた。




「珉君様、たまに外の空気を吸うのも良いでありましょう？」

「はい、喜遊君様、お誘い頂いてありがとう存じました。一人でいると

どうしても沈んでしまい、気分も滅入り、体調も悪くなるばかりで…

喜遊君様にお越し頂いて、まことによーございました」

二人は互いの顔を見て、うなづき、微笑んだ。


「少しここで休みましょう」と喜遊が御座を敷かせ座り込んだが

珉はどこか遠くを見つめ、立ちすくんでいる。

「どうなされたので、ございましょう？珉君様」

「喜遊君様、少しここでお待ち頂けますでございましょうか？」

「よーございますけれど、珉君様あまり遠くに行かれてはあぶのーございます」


「お竹…着いて来てはくれぬか？」

「はぁはぁはぁ…　　竹はこの坂道でくたびれました。珉君様もお休み下さいませ」

「………　　もう少し近くであれが見たいのじゃ…

おてみ！おてみはそばにおらぬのか！？」

「……」

「おてみではないのか…　　家尊か！？」

「…　　珉君様…　　優之助でございます」

珉はハッと驚き、声のした方へ顔を向けるが姿は見えない。

「…　　ゆう…　　のすけ…　　もう少し上に行ってみたいのじゃ…　　よいか？」

ドキドキと高鳴る鼓動と上ずった声に自分でも驚きながら

珉は声のした方をじっと見つめながら、懇願するように言った。

「珉君様の仰せの通りに」

珉は嬉しそうに微笑み、喜遊と竹の方に顔を向け


「すぐに戻りますゆえ、しばらくここでお休み下さいませ」と言いながら

楽しげな足取りで進んでいった。

”ゆう！…ゆう！！…そばにゆうがおるのじゃな。珉のそばにゆうが…”

いつもの病気がちで寝込んでばかりいる、珉の姿からは想像出来ないほど

元気な足取りで前へ進み、1本の大きな木のそばまで来た。



「あーやはり茶々の木と似ておる…のー　優之助…　　そうは思わぬか？」

珉はそう言いながら、大きな木を抱きしめた。

「……」

「ゆう！？おらぬのか？」

「珉君様、ここにおりまする」

「なぜ、こたえてくれぬのじゃ？」

「珉君様…　　申し訳ございませぬ。こたえて良いものやら…思案しておりました」

「何を思案する事があるのじゃ？おてみはいつも、珉の話し相手になってくれるぞ」

「…おてみが！？」

「あーそうじゃ。世が落ち着いて、戦が終わったら、茶々の木の下に珉を連れて行って

くれると約束したのじゃ」





「…　　ゆうも　　一緒に連れて行ってくれるか？」


「……」


「…駄目なのか？…　　ゆうは…　　ゆうは珉を茶々の木まで

連れて行ってはくれぬのじゃな…」珉は悲しさが溢れ、泣きだした。

すると、シュン！という風の音と共に、優之助が珉のそばに下り立った。

「珉君様…なぜに泣かれるのです？忍びなどに連れて行って貰わなくとも、

慈音守様と共に茶々の木の下においでになられれば、よろしいではありませぬか」




「そうじゃな…　　そうであった…　　　そうであったな…」

珉は目の前に立つ、自分よりも大きくなった、優之助を見上げ、昔と変わらぬ

瞳を見つめた。


「そなたはもう昔のゆうではないのじゃな…

いつまでも　　ゆう　　ゆう　　と言っておる珉が馬鹿であった…　　」

珉はそう言いながら、また涙を流した。

「珉君様…それはどういう…？」



「もうよい！喜遊君様の所へ戻りまする」

いつまでもしゃがみこんで涙を流す珉にオロオロしながら

「はい、珉君様…」　　優之助は小さな声で答えた。

しばらくして、珉がようやく泣き止み、立ち上がり

もう一度大きな木に手を回した。

「茶々の木とどちらが大きいだろう？茶々の木もこのように大きくなっておったか？」

しばらく珉を見つめていた優之助が反対側から手を回し

「茶々の木の方が少し小さいようでございます」




「そうか…　」　　珉は木につけていた頬を離し、そばにある優之助の指先を見つけ

ほんの少し　指を重ねた。

優之助の小指がピクリと動いたが、離す事はしなかった。

「…　　　ゆう…　　　水の上は走れる様になったのか？」

「はい、珉君様」

「そうなのか？走れる様になったら、珉に一番に見せてくれると約束したのに…

いつか見せてくれるか？　　誰が一番に見たのじゃ？」

「仲間達でございます…」

「そうか…　　　仲間か…　　ゆうが水の上を走る所を見てみたいのー」

「そんな危ない場所に珉君様をお連れする事は出来ませぬ」

「……　　ゆびきりげんまんしたではないか…




…　　ゆうはすっかり変わってしまったのじゃな…」

また泣きだしそうになる珉を遮るように

今度は優之助が大きな声で

「何も変わっておりませぬ！！！！

変わってしまったのは、珉君様ではありませぬか！！

手の届かない……

優之助が必死で伸ばしても、到底届く事の出来ない

遠い所へ行ってしまわれたのは…

……　　　茶々姫様の方です！！」

優之助は重ねられた指を手繰り寄せ、珉の手を握り

顔を見つめて叫んだ。

驚いた珉は握られた手に目を落とした。


ピーーッと笛の音が聞こえ、優之助は我に返り、珉からサッと下がり

膝まづいた。


「珉君様、申し訳ございませぬ。無礼な態度をお許しください。

仲間が呼んでおります、戻りましょう」

「…　そうじゃな…　　優之助…　　すまなかった…　　珉が悪かった…」

「いえ…　　申し訳ございません…　　すべてお忘れください。

さぁ、参りましょう」

優之助が珉の前を振り向きながら歩いた。

珉は優之助の大きくなった背中を見つめながら、歩いた。

”ゆう…　　こんなに大きゅうなって…



…必死で伸ばしても届かない…




…　　ゆうも伸ばしてくれるのか？



…珉の方に手を伸ばしてくれていたのか？…




胸の奥底に堅く閉ざしていた想いが優之助の言葉によって

一気に溢れだした。



「あ！」ふいに珉が声をあげ、足を押さえてうずくまった。

「珉君様！！どうなさいましたか？」

「石に足をとられ、ひねってしまった」

「申し訳ございません。注意が足りませんでした」優之助はそう言いながら

珉の足に触れ、懐から手拭を取り出し、筒に入った水で濡らした。

それを珉の腫れた足に巻き、

「あとは城に戻ってから」と言い

珉を抱き起し、屈んで背を向けた。

「おぶってまいりましょう。とにかく早く皆様の元へ戻らねば」

珉が恥ずかしげに優之助のそばに近づくと、優之助は引き寄せるように

引っ張って、珉をおぶり走り出した。

「ゆう！そのように走らなくとも…　　すまない…　　ゆう…

重いであろう？？」

「とんでもございません。修行では親丼や織音を背負って、山を何回も登るのですから。

それより珉君様、もっとしっかりおつかまり下さいませ。落としそうでございます」

「…　　こうか？　　…」珉は肩にのせていた手を首に回した。

そうする事で珉の顔も優之助の首元に近づいた。





”落ち着く香りじゃ…　　　　　　　　ゆう！　　　　”


優之助の首すじに顔を埋めると、また珉の目から涙が零れ落ちた。




喜遊と竹が休む場所に到着すると

「珉君様！！！」竹が二人に駆け寄り、心配気に珉を見た。

喜遊も近付き


「あまりに遅いゆえ、迎えに行かそうとしていた所でした。

どうなさいました？珉君様、顔も耳まで真っ赤にして…

足をどうかなさいましたのか？」布を巻かれた足を見て喜遊が尋ねた。

それを聞いた竹が

「ほんに！！優之助！おまえが付いていながら、珉君様にお怪我をさすとは何事じゃ！」

竹はポカリと優之助の頭をげんこつで殴った。

「いて！！申し訳ございません。石につまづかれて、足をひねられたご様子で

ございます」

「全く役に立たぬ奴じゃ！親丼！親丼はおらぬか？」

「はい！ここに」　ビュン！という大きな風の音をたて、親丼がそばにきた。

「お前の方が安定感があるゆえ、姫様をおぶって城まで戻るのじゃ」

優之助は静かに珉を下ろし、親丼の背中まで運んだ。

「優之助は先に城へ帰り、妻夫木先生を呼んでまいれ！」

「は！かしこまりました」膝まづき頷くと、あっという間に走り去った。

「でははよー城へ戻ろう」と竹が皆に向かって言うと

喜遊がしゃがみこみ

「喜遊も足がいとーございます」

竹は仕方ありませんね～」と言うように首をすくめ

「では、歓韻！」と呼ぶが返事がない。

「うちの家来どもは、うつけもののお殿様にそっくりでございます…

どこぞでさぼって、昼寝でもしておるのでございましょう。

仕方ありませぬ…　珉君様の足も心配でございますし

急いで帰りましょう」喜遊はそう言うと、スタスタと元気に歩き出した。

「まぁ、喜遊様ったら」珉は親丼の大きな背中からチョコンと顔を出し、

クスリと笑った。