「やけに嬉しそうだな。優之助」 ふいに親丼に声をかけられ、優之助は驚いて顔を上げた。 「な!何言ってるんだよ!嬉しいわけないだろ…こんな大変な時に…」 「またまた〜久しぶりにおてみに逢えるから嬉しそうなんだろ?わかる!わかる」 親丼は優之助の肩をポンと叩き、冷やかすように、ニヤケタ顔で見た。 「え?おてみ??あ…  ああ…そうだな…  そうだよ!そうだよ! 親丼…  おてみに逢えるからさ… 顔にやけてた?ダメだな… まだまだ修行が足りないな」 本当の気持ちを悟られまいと、誤魔化すように 優之助はいつもより陽気に答えた。 「良かったな、ゆう… 最近ずっと沈みがちだったから、心配してたんだぜ」 いつになく真剣な顔で言う親丼に優之助は 「そんな事ないよ!大丈夫!!さ!出発の準備しよう!」と肩を組んで 歩き出した。  茶々姫様が慈音守様の元へ嫁がれたあの日… 何も分からず、ただ姫様と離れ離れになるという寂しさ、もう二度と会えないかもしれない という不安…ただそれだけで胸が一杯になり、泣きながら籠を追いかけたっけ… あれから5年…  あの頃よりは大きくなって、いろんな事が分かったはずで… 姫様は姫様で… 俺は 忍び… 幼い時は弟だと言って下さった姫様も もうきっとそんな事忘れていらして… 慈音守様と仲良く暮らしていらっしゃるに違いないのに… そうさ…  俺の事なんかもう… ふわりと漂う優しい香りも 恥ずかしそうに俯きながら見せる可愛い笑顔も ”約束じゃな…”そう言って繋いだ細い指も みんなみんな慈音守様のもので… はぁー  俺には おてみという許嫁がいるんだ… 親が決めた事とはいえ同じ忍びで、ずっと共に修行を積んできた仲間で… 俺の事を慕ってくれているのは明らかで… ……   いつになったら  … …   俺はいつになったら、 姫様の事が忘れられるんだ  …… …  もう5年もたつというのに  … …   なぜ、いつまでたっても、こんなに姫様に逢いたくてたまらないんだ … 「慈音守様…   また戦に行ってしまわれるのでございますね?…」 aはひざまくらで横になる慈音守の頬に触れ、寂しそうにつぶやいた。 「a、この戦は浅野の父上様が天下を取れるかどうかの大事な戦なのじゃ。 仕方ないのじゃ… それより、西田が我が領地とaを狙っておるという、情報が入り、 わしがおらぬ間aの事が心配でならぬ… 浅野の父上もたいそう心配なさって、忍びを数名こちらにまわしてくださる事になった。 「…父上様の元の忍びでございますか?」 「そうだ」 aは胸がドキリと高鳴った。 「それと…役には立たぬがaの話相手になるように 妹の喜遊を呼ぶ事にした」 「喜遊様でございますか?よろしいのでございましょうか?旦那様もおられるのに」 「いいのじゃ、あやつの旦那殿秘知夜様も戦で毎日おらぬ日が続き、退屈しておると 文が届いたのじゃ」 「まぁ〜嬉しゅうございます。喜遊様とは同じ年ゆえ、話もあうのでございます」 嬉しそうに微笑み、慈音守を見つめるaに 「そうか!?良かった。aがその様に嬉しそうに笑ってくれるのなら、ずっと 喜遊に居て貰おうではないか」慈音守はaの頬に手を伸ばし、優しくふれた。 aはその手に自分の手を重ね、 「まぁ、慈音守様 …そのような事…」フフフと笑い、膝の上の慈音守を見下ろした。 慈音守はゆっくり起き上がり、aをふわりと抱きしめ 「a… そなたが笑ってくれるだけで、わしはこのように幸せな気分になれるのじゃ …  愛しい  …  aが愛しくてたまらぬ… あの日… aが泣きながらに わしとの子が欲しいと言ってくれたあの日… わしは天にも昇る気持ちじゃった」 aは真っ赤になり、慈音守の胸から離れ、少し拗ねたように横を向き 「慈音守様… ひどーございます、それは二度と言わぬとお約束してくださいました のに… もうお忘れでございますか」 「 あわわ…  a 、a  すまない…  もう言わぬ…二度と言わぬから許してくれ」 aの両肩を掴み、すがる様な顔で覗き込む慈音守に aは上目使いで慈恩守を見上げ、 「aも幸せでございます。慈恩守様にこのように大事にして頂いて…」 慈恩守は優しくaを抱きゆっくりと寝かせ、胸元に手を差し入れた。 aはビクリと体を波打たせたが、静かに目を閉じ慈恩守の愛を受け入れようとした その途端”約束だぞ!茶々!”そう言いながら、小指を差し出した優之助の顔が 急に瞼の中に浮かんだ。 驚いたaはうっすらと目を開け、今ここにいるのは慈恩守様… あー…aは…  aは…  何と罪深い事か… このように愛して下さる慈恩守様を前にしてもまだなお…  忘れられぬのか… 慈音守様…   どうかお願いでございます… aを…aを助けてくださいませ… 慈恩守様の愛で…忘れさせてくださいませ… お願いでございまする  声にはならない声で叫び、aは慈恩守の背を強く 抱きしめた。